何か面白いことないかな~と今日もただお散歩のように人生歩いてるだけの私の独り言。


by tekuteku0220
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カテゴリ:出会った言葉( 13 )

車検が通りません

と言われちゃったら、ドライバーはもうひれふすしかない恐ろしい言葉です。
こうして書いてる今は問題解決済みなので、恐ろしさも薄れてきましたが・・・。
なにが私に起こったの?

かというと
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by tekuteku0220 | 2009-06-27 02:31 | 出会った言葉
日曜の朝はぼんやりいつもと同じ局のラジオをかけていると、
福祉とか宗教とかの番組がいくつか流れてきますが、
先週だったか先々週、
多分浄土真宗かなにか仏教系のお話だったと思います。
自分の文章「~だったか」とか「~かなにか」ってあいまいすぎ!
ということで出典があれば調べようと検索してみたら浄土真宗のお寺のHPの
「今月の言葉」というコーナーで
「仏教の救いとは、老・病・死から逃げるのではなく、人生の不安、苦しみを断ち切ることにあ
ります。いくら長生きをしても愚痴や不満はなくなりません。私たちは長生きをするために生きているのではなく、いつ死んでもいい、いつまで生きてもいい、一生かけて悔いることのない真実に出会うためにこの人生があった、と気付くことが本当の救いにあうことです。その真実を南無阿弥陀仏といいます。」
という文章が出てきました。
ほほう、なるほど、
なのですが、
実は私がぼ~っと聞いてたラジオでは
「いつ死んでも悔いがない、いつまで生きても退屈しない生き方」
という言い方をされてて、
なんかそっちのがちょっと日常的な感じがしていいなと思ったのだけれど。

よく人が亡くなった時に「志半ばで」みたいに惜しまれることがあるけれど、
まあ、あまり若くちゃいけませんが、
志半ばで人生終われるのってある意味理想だなと思うわけです。
それは命終わる直前まで目標や希望とともに生きていたということで、
そういうものは叶うことも素晴しいことだけど、
それがはっきりしていてそこへ向かって歩いたり時には走ったりする日々も
とてもすてきな瞬間の連続だなと思うので。
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by tekuteku0220 | 2008-08-26 00:17 | 出会った言葉
「90年も生きるとは、若いときには想像したことさえなかった。そんなに長く生きて、いったいなにをすればいいのか見当がつかなかった。だが人とはなんと巧みに生きられる生き物なのだろう。私の日々はいまなお忙しく、やらなければならないこと、いや、それ以上に、やりたいことに満ち満ちている。興味も関心も、少しも衰えない。さすがに体力だけは若いころと同じというわけにはいかないが、まあ、自分のやりたいことをほどほど満足させる程度には十分にある。」

まさに理想だ~。
よく人が亡くなると、特に現役だったり早い死だったりすると「志し半ばにして・・・」と惜しむけれど、私の目標は「志し半ばにして」死ぬことだ。
だってそれは死ぬ瞬間までやりたいことや目標があって、そこに向かって生きてたということで、そんな人生は大成功じゃないかって思うわけ。
そういうふうな自分の人生のぼんやりとした理想を
まさに目の前にくっきりと示してくれたのがこの文章。
あああ、
私もやりたいことに満ち満ちた90歳のおばあちゃんになれるかな~。
その前に自分のやりたいことを見極めた48歳になろうよ、だけど。
今年も4分の1、すぎちゃった。
毎日うだうだで、はっきり無駄に過ごしたと言えちゃう。
考えろ、自分。
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by tekuteku0220 | 2008-04-01 01:52 | 出会った言葉
もともと誰の言葉なんだろ。
ラジオで聞いてなるほど~と思って、
多分みんないろいろと突き当たると考えて考えて
こういうところにたどりつくので、もともと誰のオリジナルって言葉でもないのかも。
過去に戻ることができたら結婚する前の私に後の現実を教えに行くんだけどな
なんてできないことはいろいろ思うけど、
現実には私より長い時間ああいう感じで生きてきた人が変わるわけがない、
変えられるわけがないんだから、自分の気持ちの持ち方で自分を楽にしてあげなきゃ、
なんて、きっと逆の立場から見たら思い上がりもいいとこな結論をかかげて
私にとっては本当に理不尽な状況を耐えてきたように思うのだけど、
そうか、
もう少し踏み出せば自分だけじゃなく、未来も変えられるのかな・・・。
それには本当に自分も未来も変える覚悟じゃないと、だね。
それはごまかして楽になることじゃなく、
正しい意味で「変わる」「変える」強い意志にもとづかないと・・・。
いい言葉にはよく出会いますし、そのたびなんだか力をもらったような気になりますが、
次の瞬間に自分の力不足を思い知らされることもたびたびなのでした。
んんん~、
いい言葉に出会ったって紹介するつもりが、
なんかこんなことになっちゃいました・・・・とほほな私。
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by tekuteku0220 | 2008-03-25 13:22 | 出会った言葉
正選手なのにホケツとはこれいかに、
と、多分日本中でちょっと言われちゃったおじさまの話。

北京オリンピックの馬術団体で66歳の法華津(ほけつ)寛さんが日本五輪史上最年長で五輪出場を果たすことに。開催時には67歳になってるそうです。
東京オリンピックで出場して以来、ロサンゼルスは文字通りホケツ(違う、読み通りだわ)、
ソウルでは代表に選ばれつつ、馬が検疫に引っかかって出場断念ということで、
実に44年ぶりに出場を果たしたとのこと。
その朗報を受けて法華津さんの言葉、

「ひと安心という気持ち。
目標を持てば多少は若くいられる。
同世代の人がそう感じてくれればいい」

「多少若く」ってのがいいですね~。
多分目標って達成することも凄いけど
掲げ続けることのがもっともっと凄いことだよね。
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by tekuteku0220 | 2008-02-09 17:13 | 出会った言葉

産んでくれてありがとう

朝は台所でばたばたと朝食やらお弁当やら準備したり片付けたりしながら、CBCラジオ聞いてます。その中に「お父さん、お母さんへの手紙」という小学生の作文が読まれるコーナーがあります。
たいてい親兄弟の紹介があって、産んでくれてありがとう、育ててくれてありがとう、という流れが多いので、何も今朝初めてであった言葉ではないのですが、今日ラジオから
「お父さん、お母さん、私を産んでくれてありがとう」
って聞こえてきたとき(また、朗読が本人なのか劇団とかの子なのかいつも違う人なんだけど子供さんの声だから余計かもしれませんが)
ああ、こんなふうに言われたら、親は嬉しいよね~、って思って。
感謝されたいということじゃなく、自分の子供が「産んでくれてありがとう」って思うくらい
今生きているのが楽しくて嬉しく幸せだったら、親としてそんな嬉しいことはないですね。
「産んでくれなんて頼んでない」「生まれてこなけりゃよかった」
そんなことを思うほど子供が何かに悩んでいたら、親として辛いですもんね。
作文の子は小学生だから、中学、高校と成長するにつれていろいろな心境になることもあると思うけど、ずっと産んでもらってよかったって思えてたらいいな~。

同じコーナーで少し前に読まれていた男の子の作文。
お母さんがドジでよく失敗をするという内容で、ちょっと実例もあげてみたり、
「おばあちゃんは失敗しないのに」と言って怒られた(一番比べちゃだめだってことは、
大人になってお嫁さんもらったら思い知るよ)なんて話も書いたりで、
これからはもう少ししっかりしてください、みたいな内容で、
あらら、私みたいなお母さんだわ~。それにしてもきっと放送日くらいは知らされてて
親戚や友達に「うちの子の作文が読まれるのよ」くらい言っちゃってるだろうに、
こんなこと書かれちゃって・・・なんて思ったのですが、最後の一言でやられちゃいました。
「でも、僕のお母さんらしくなくなってしまうので極端には変わらないで下さい」
(もうだいぶ前に聞いたので文章はこのとおりじゃないですが、そんな意味の内容)
朝は涙腺が弱いので
この一言で鼻水すすっちゃった私だったのでした。
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by tekuteku0220 | 2008-01-31 01:47 | 出会った言葉
毎週日曜日の朝7時半からTBS系で放送されている「がっちりマンデー」
いろいろな企業のユニークな取り組み等が紹介されたり
前からとても興味深い番組で、忘れない限りは見ているのですが、
(なにせ日曜とはいえ朝はごそごそしていて気付いたら時間すぎちゃった
なんてことがしょっちゅうなんですわ~)
11月18日の放送は『社訓』
その中で、企業活動だけにとどまらず、生きてくのに大事な言葉だなと思ったのがこの社訓

『出来ない理由は探しません。出来る理由を見つけます』

これは雪国まいたけの社長さんが考えた言葉なんだそうです。
頭、ガツ~ンですねぇ、私なんかとくに。
私、出来ない理由は探しても無ければ無理矢理作ってでもそのせいにしてますからね~。
進歩しないはずですわ。いかんいかん。
それでふと思い出そうとして思い出せず
たしか前の携帯のテキストメモに入ってるぞと思い出しただけでもよくやったというのが
この言葉(前の携帯はアラームとして使ってるので充電していてすぐメモも読めたなり)

『できるかできないかではない、望むか望まないかである』(斉藤茂太)

『実行の決意が鈍いと次々にできない事情が起きてくる』
(誰の言葉かは?去年会社のトイレにかかっていた印刷屋さんのカレンダーから)

自分で出来ない理由ばかり見つけて言い訳してるんだよな~。
自分が強く望めばできたはずのこと、しないできちゃったよな~。
結局いつでも決意が鈍いというか、決意することに臆病というか。
で、そんな私のような人間のために、こういういい言葉を示してくれる人がいるのに
すぐ忘れちゃったらだめじゃんねえ。

こういうの、自分株式会社の社訓として
毎日自分の中で朝礼とかしてくりかえし唱えないといけませんね。

んんんんん、今日はほんとは天狗連の月例寄席の日でした。
言ってみてダメって言われたわけじゃないけど、
大須に行ったばかりだし、29日の天狗連の忘年会にお誘いいただいたので
それに行きたいな~なんて野望もあって、
あまり出てるとまずいかなって自分で行けない理由を見つけて
あきらめちゃいました。
みるくちゃん、さん太さん、減滅渡さん、長久さんが出られるって
この前ラジオで告知してました。
あ~、久しぶりにみるくちゃんの落語が聞けるんだったのに~。
でもやっぱり
こればっかはあれもこれもって欲張ると
いいかげんにしろと言われかねないから、慎重にするのも必要だから仕方ないですね。
今日は7時~9時くらいまで、
時計を見ては今頃誰だろ~となんだか落ち着かない夜でした。あ~あ。
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by tekuteku0220 | 2007-11-20 00:57 | 出会った言葉

人間だもの

「つまずいたりころんだりするほうが. 自然なんだな. 人間だもの」
今朝のTBS系生島さんの番組で。
もう今日のひとことの定番の相田みつをさん、人間だものですが、
へこみ気味の時にはしみますね~。
私のように日々失敗の繰り返しで、後悔にまみれて生きていると
なんとかそれでも生きてくために
まあこれが普通の人間さ~なんて、全然普通じゃない、だめだめなのに
このくらいだめだめな方が愛嬌あっていいじゃんくらいの勢いで
自分を擁護してますが、
さすがに事故とかだめでしょう、なんて思いはじめると
今まで自分に許してきた数々の小さな失態まで
どどど~んと束になって自己嫌悪となって押し寄せてきて
だからそんなとき、
特に何故か涙もろい朝の時間にこういう素朴そうでいて
どんな計算しつくされた言葉よりも的確に慰められる言葉に出会うと
鼻からつーんと来て目がうるうるる~
だったけど、お弁当とか朝食とか時間差で子どもら起こしたりで
見た目はばたばたのいつもの朝だったけど
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by tekuteku0220 | 2007-10-18 12:58 | 出会った言葉
先月の12日間の入院生活では
想像していた以上だった痛みと、その患部のケアに追われたものの
普段の生活ではとても考えられないくらい
何に煩わされることなく本と向き合う時間があって、
いくつか本を用意していったのだけど、
短い時間でできることにしぼって
前に書いた薫君シリーズを読むことと
般若心経を覚えることだけは達成した。
漢字検定の2級の問題集も持っていったのだけど
なんだか中途半端だったからほとんどやらなかった。

ということで15年前父が亡くなったころ、既に弟がそらで唱えていて
いつか私も覚えなきゃと思いつつ今日まで来てしまった般若心経、
やっと覚えました~。
最近書店にいろいろと並んでいる書き込み式っていうテキストというか、
お手本をなぞったり書き込んだりする写経の練習みたいな本なんだけど
言葉の意味が小学生の参考書みたいにわかりやすく解説されていて
意味がわかってみるとそれまで暗号みたいだった言葉が
すっと心に入ってくる気がしましたね~。

そんな中で日常の中で時々つぶやいてしまうのがこの
「心無罣礙、無罣礙故、無有恐怖」
罣は網で礙は石、「網につかまってからまり、石につまずいてころぶ」ってことで、つまり心のわだかまりのことで、心にわだかまりがなければ、こだわらないので恐怖もない、っていうような意味なんだって。
で、こだわりがなければものごとをさかさまに捉えたり、妄想に悩まされたりすることなく平穏でいられるのだよっていうような言葉が続く。

ほんとはものすごく大きな世界観というか人生観というか悟りみたいな言葉なんだけど、
主にほとんど家庭内において、
なんかいやな感じ~とか怒れちゃうってことが頭から離れない時、
いかんいかん、そんなことにとらわれてるのは時間がもったいないって時に
しんむ~け~げ~、む~け~げ~こ~、む~う~く~ふ~って
心の中でつぶやいてみてる。

あと、寝ようとしてるのに横で人間とは思えないうるさい旦那のいびきで
絶対これが高血圧の原因だよと思うくらいいらいらしてる時に、
心経、つぶやいてみたりしてる。
なんか、この場合は「悪霊退散!」的。
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by tekuteku0220 | 2007-10-10 01:15 | 出会った言葉
先日、台所で手伝ってくれていた次女が手を滑らせ
茶碗を割ってしまった。
謝る次女に「いいよ、いいよ、お手伝いしてくれてたんだから」と言いながら
思い出したのがこの言葉。

ちょうど私が今の次女の年、
地元の役場に勤め始めた私には、
お茶くみも仕事の1つだった。
ある時、湯のみを割ってしまって
その湯のみの持ち主である年配の保健婦さんに謝った時に
彼女はこう言って下さった。
「あなたが割ったのは、あなたがいつもお茶を入れてくれるからで、
触らない人は茶碗も割らないんだから。
いつも美味しいお茶をありがとうね」
逆にお礼を言われてしまった。

数年前、娘一家とドライブに出かけた姑は
運転していた娘婿の居眠りが原因で、乗っていた車が電柱に衝突。
他の人は軽症だったが後ろの席に座っていて転がりおちた姑だけが
足の骨を折ってボルトを入れる手術をし、後にボルトを取る手術をした。
幸い歩けるようになったものの、いまでも痛いから膝をたてては座れない。
事故前から膝や肩の痛みで整形へ通っていたが、
事故以降、すべての体の痛みは事故のせいになっている。

そんな姑を見ていて、長男である夫がよく
「俺は運転は慎重だから居眠りなんて考えられん」
それはいいのだけど、あるとき子供たちの前で
「俺は〇沢のおばあさん(私の母)をケガさせるようなことは絶対せんぞ」
とのたまったからちょっと私も言わせていただく。
「だって、おとうさん、〇沢のおばあちゃん、乗せたことなんかないもんねぇ」
ちなみに姑は昔からもう何十回というほど、その娘婿の運転で
日帰りや1泊でドライブや旅行に連れて行ってもらったあげくの1度の事故だ。
子供たちは無邪気に「そうだそうだ」とウケてたけれど、
そうなんだ、
「ケガさせるようなことはしない」は、イコール「乗せない」ってことなのね?

触らない茶碗を割らないことを自慢するのはおかしいって気づいてね。
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by tekuteku0220 | 2007-08-16 20:46 | 出会った言葉