何か面白いことないかな~と今日もただお散歩のように人生歩いてるだけの私の独り言。


by tekuteku0220
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立川談春独演会 於:御津町ハートフルホール その2

この御津町ハートフルホールで行われる落語会にはこれで3年連続で来ていますが、来るたびに国府高校時代に関係のある人に会うのでした。
一昨年度、立川志の輔独演会の時は、3年生の時の担任だったT先生。
お住まいも確か国府町近辺だったし、御津高校の校長先生を最後に定年退職されたと聞いていたので、まあお会いしても不思議はない。
まったくお変わりないという感じ。
お若い、というよりは当時もっとおじさまだと思ってたけど、
逆算すると多分30歳くらいだったことになる・・・そのほうが驚き!
まあ17歳の女子高校生からしたら30歳なんて自分たちとは別世界くらいおじさまだったにちがいないけど。
げろ、あと5年もしたら息子がそんなおじさまになっちゃうんだわ。
そして私はおばあさま。やだ。

で、昨年度、といっても今年の2月(だっけ、確かめようと2月3月あたりのブログ探してみようと思ったら、書いてないんだわ、そういう時期だったんだけど)、春風亭昇太さんの時は同級生だった女の子たち(女の子とか言っちゃうけど)。
4人で着物を着て見にきてました。
Sちゃんは同級生だったI君と結婚してて、AちゃんはそのI君のお兄さんと結婚してるから二人は今は義姉妹。
二人ともうちの長男と同じ年の子がいて小学校、中学校、子供どうしも同級生。で、彼女らのお子たちは二人とも国府へ行ったのでした~。
うちも一人くらい行ってくれたら入学式とか三者面談とか、また学校に行くことができたのに・・・。
Sちゃんのほうは今は国府町に住んでいて、Aちゃんのとことかうちは長男だから地元密着で生きてます。Aちゃんちの長男君もお祭り男で
なぜかこの3~4年、お正月というとうちの息子と男二人で韓国行ったりしてます。今年は九州らしいです。
でもそのJ君に彼女ができたので、あまり遊んでもらえないとうちの子はぼやいておりました。お前も早く彼女いない歴もうすぐ25年を卒業したら。
あ、二人の説明が長くなりましたが、もう一人は御津で歯医者さんをしてるHちゃん。細身にアップの髪とちょっと粋な着物がすごく似合ってた。
彼女とは卒業以来数回しかあってないので
「わあ、Hちゃ~ん」と感激して、アタックが決まった時の女子バレーのコートの中みたいにわ~って寄っていったのだけど、
その横から「私、気付いてくれん~」と声が・・・。
誰?と思ったらY!(呼び捨て苦手な私において、なぜか昔から普通に呼び捨てしちゃってたことに、今気付いた)
え~!卒業以来だよ~、東京でアパレル関係の仕事してるって聞いてたけど、こっちに帰ってたんだ~!
なんて騒いでるうちに開演の時間が来てしまって、
今回も来てるかなって思ったけど、いなかった。
って、みんなこんな市内に住んでるわけだけど、
隣の町内で息子どうしはしょっちゅう遊んでるAちゃんとだって、
子供会やPTAが関係なくなっちゃったら、
近くにるようでもほんとにお祭りの行列見てるときくらいしか会わないんだな。

そして今回は、美術のK先生。
駐車場でばったりお会いした。先生も国府在住だからもちろんお会いしても不思議なし。
私は美術選択じゃなかったけれど、必須クラブで半年間、絵本クラブってのにいた時に顧問だったという程度のつながりなので、
私個人としては覚えてもらえるような要素はないのだけど、
その時同じクラブに1つ上の従姉がいて、彼女はK先生が担任だった(と思ったけど曖昧)し、美術の才能あったので、私はその従姉って存在。
その後、私が卒業するのと入れ替わりに入学した弟が美術部だったし、担任を受け持ってもらったりで、その後はやつの姉って存在。
ちなみに俳優渡辺いっけい君はその時一緒のクラスで、同じく美術部にいたりして、彼が地元砥鹿神社で結婚式を挙げた時にはK先生夫妻が媒酌人だったんじゃないかな(確かだと思うけど、最近記憶に不安だらけなので)。
そう、K先生夫妻ってことで、先生の奥様は有名な岡崎高校コーラス部を日本一に導いた方、小泉首相のメルマガにもとりあげられたことがある人物。
で、実は4月に私が入院していた同じ時期に、その奥様が目の手術で入院されていた。見舞いに来た弟が廊下で先生と偶然会って知った。
私が手術前にいた部屋のしかも同じベッドとわかって、なんだか縁を感じたけど、場所が病院だけに喜ぶってのもへんか。
私が退院する前日くらいだったか、廊下でK先生にお会いして様子をうかがったら、手術はあまりうまくいかなかったようなことだったので、
どうされたかなと気になっていた。
その後、なんだったかで(ほんとに記憶やばいです)地元の新聞に奥様の写真が載ったときもまだ眼帯をされていて、目の病気は怖いな~と思ったものだけど、
駐車場でのわずかの立ち話でうかがったところ、2回失敗して3回目でなんとか成功したけれども完治すっきりではなさそうな口ぶりでした。
翌日、弟からお歳暮が届いたのでお礼の電話をした時に
そういえば先生にお会いしたよ、と奥様の目のこともそんなふうだと伝えたら、
「気にはなってたんだけど。教えてくれてありがとね」って言ってた。
弟は大学でデザイン教えながら自分も美術の創作活動をずっと続けてて、
同じ展覧会で先生と一緒に出品することもあったりと、ずっと交流がある。
どうでもいいんだけど、なんで従姉とか弟には美術的センスらしきものがそなわっているのに、私にはかけらもなかったんだろうと神様うらみますね~。
しかし今、早急に必要なのは、もっと要領よく文章を書くセンスですね~。ハートフルには着いたけど、今日もまだ談春さんまでいきつかないじゃないか~。

タイトルかえたほうがいいんじゃないか~。
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by tekuteku0220 | 2007-12-05 00:35 | 落語・お笑い